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東京地方裁判所 昭和36年(ヨ)2190号 決定 1961年12月14日

決  定

東京都足立区千住旭町七十番地

申請人

外池弘復

右代理人弁護士

高木右門

馬場正夫

松尾翼

同都千代田区神田錦町三丁目二十番地

被申請人

神田運送株式会社

右代表者代表取締役

原島正吉

右代理人弁護士

田島亮治

右当事者間の昭和三十六年(ヨ)第二一九〇号地位保全仮処分申請事件につき次のように決定する。

主文

申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。

理由

一、疏明によれば次の事実が一応認められる。

1  申請人は昭和十八年十一月二十一日被申請人(以下、会社という)と雇入れられ昭和三十六年八月二十六日からは会社(自動車による貨物輸送を業とする)の人事課労務係長の職にあつたが、一方会社の従業員約九百名中約六百名で組織される東京貨物自動車運送労働組合神田支部(但し同年十一月一日全国自動車運輸労働組合東京地方本部神田支部と改称した。以下、組合という)に組合員として所属した。

2  しかして組合は会社との間に「会社の従業員は原則として組合の組合員でなければならない。但し左のものは組合員より除外する。一、部課長、営業所長、出張所長、二、嘱託、三、臨時に雇傭したもの及び試用期間、臨時期間中のもの」(第三条)、「会社は組合から除名された者は直ちに解雇する。但し組合は除名せんとする時はその理由書を会社に提出、会社の諒解を得ること」(第四条)とのユニオン・ショップ条項を含む包括的労働協約を結んでいたが、同年十月十八日会社に対し申請人を除名したから直ちに解雇されたい旨の申入れをなし、次で同月二十四日頃右除名は申請人が組合三役に対し「第二組合結成云々」、「組合ぶつつぶしのため会社を止める覚悟で対決云々」等の暴言を吐き組合の団結及び規律を守るという組合に対する誓約に違反したため組合の職場委員会で秘密投票によつて決議され同月十三日には同じく代議員大会で無記名投票によつて一名の反対もなく決議され、その後(これが日時について触れていないのみならず、前記申入においては同月十七日であるとされ、同月二十四日会社に対し重ねてなされた除名通知においては同月十六日であるとされて区々にわたつている。)組合員全員の無記名投票の結果四百七十票対三十一票で三分の二以上の多数の同意を得て組合規約第二十条、第二十一条の要件を充たすところとなり正式に決議されたものである旨を記載した理由書を会社に提出し、同月二十五日会社から右除名には諒解を興え難いがショップ条項の履行を求められる限りこれに応ぜざるを得ない旨の回答に接したので、再び協約に基く申請人の解雇を要求した。

3  そこで会社は組合との労働協約上前記のようなユニオン・ショップ条項が存する以上右要求を容れる外はないとし同月二十七日申請人に対し組合の除名があつたことを理由に解雇の意思表示をなし、その後は申請人を従業員として処遇していない。

4  ひるがえつて申請人に対する除名の経緯をみると、

イ  会社は同年九月十二日東京都千代田区神田錦町所在の附属工場が備付又は格納中の機械、器具及び自動車部品を残して焼失したので盗難防止のため同月十八日以降右工場勤務の工員その他の従業員に夜間の警備をさせていたが、経理上の必要に基き夜警勤務の条件を変更せんとしたところから労使間に紛争が生じた。すなわち右工場勤務の工員約二十名は会社の工務部長尾島享から勤務条件変更の交渉を受けるや強硬に反対し同月三十日その職場会を開催して決議したところにより同年十月二日以降は夜警服務を拒否した。これがため会社は夜警要員に臨時雇を就けるまで暫定的に他の従業員を以て充てようとしたが、組合の反対を喫し結局実施に至らなかつたのである。しかして申請人は同月六日会社の右対策に関する組合の態度を聞知するとともに会社の尾島工務部長の要請もあつたため会社の労務係長としての職責上組合との交渉により事態の解決を図るべく上司たる人事課長伊東祐雄の諒解のもとに翌七日組合の支部長(最高幹部)大崎孝雄及び書記長荻野栄蔵に対し夜警の問題につき前記工場の工員に服務すべく説得するか、もしくは他の職場の従業員の服務を承認するかして会社に協力すべき旨を極力要請したが、大崎支部長が右工場職場会の意向を尊重する立場から厳しく拒絶したので同人等と口論に及び、その際わずか二十名位の職場会の決議が直ちに組合の施策に取上げられるのなら組合員中同数の常識がある者が夜警に服務すべく決議しても組合はこれを支持するのかと極言して職場会決議の偏重を非難した。

ロ  ところが申請人の右言動はかえつて大崎支部長以下組合幹部の憤激を買い反組合的であるとして一方的に喧伝され、これがため同月十一日開催の職場委員会は忽ち申請人の除名を決議し次で同月十三日開催の代議員大会(申請人も代議員として出席した。)も荻野書記長が一般報告に仮託して申請人に会社の後日受領にかかる前記除名理由記載の事実があつた旨を発言したのを取上げ申請人が事実を否定したにも拘らず格別調査をすることもなく申請人を退席させて討議を行つた結果申請人の除名を決議した。更に大崎支部長等組合執行部は職場会を利用して申請人を弾劾し、その除名の可否につき組合員の無記名投票を求め、その結果三分の二以上の多数の同意によつて可決したと申請人を除名処分に付したものである。

5  更に立入つて詮索すると、

イ  申請人に対する除名の経緯から推認されるように、その除名事由は前記4、イの組合との交渉における申請人の言動にあつたのであつて、組合から会社に提出された前記除名理由書記載の事由も右言動を指したのであるが、申請人は右交渉にあたり右除名理由書記載のような内容の発言をなした事実がなく、たかだか前記のような言辞を弃したにすぎない。なお組合規約第五十七条は「誓約に違反したこと」(第五号)を以て「組合員の共同の福祉と秩序を保ち団結と規律を守るため」、「組合員に対する違反行為と認めて」処罰事由とする趣旨を規定し、右除名理由書の記載に徴して推認されるように申請人に対する除名処分の準拠となつたのであるが、申請人には前記4、イの言動(これが右規定の該当するか否かの問題は残る。)以外に、右規定に触れるような別段の行為があつたものではない。

ロ  又組合規約第五十八条は執行委員会が組合員を除名するには「査問委員会を設けて細部に亘り調査し」その除名を以て正当であると決定したこと、「大会に諮り組合員の秘密投票」を行うこと及び「本部の承認を得」ることを要する旨を規定し、更にその大会の決議については同規約第十条が「組合員の除名」(第五号)を以て大会付議事項であると明定する外、同規約第二十条、第二十一条が大会において組合員の除名を決定するには「無記名投票により」(第二十一条本文及び第一号)「議決権数の三分の二以上の同意を」(第二十条本文及び第四号)要する旨を規定しているのであるが、組合が申請人を除名するについては査問委員会を設けて調査をした事実がないのみならず、大会に諮つてその決定を仰いだ事実もない。なお組合規約第七条第八条の規定によれば組合の大会には原則として毎年十月末招集される年次大会及び職場委員会又は三分の二以上の組合員の請求によつて招集される臨時大会の外、支部長が毎月定期的に招集する代議員大会があるのであるが、同規約第三十七条、第三十八条の規定によれば代議員は職場ごとに十名につき一名の割合で選出され組合員の除名その他一定の事項を除く事項につき組合員の委任を受け代議員大会において議決権を行使するだけあつて、もとより年次大会及び臨時大会においては組合員から議決権行使の委任を受けることを許されず、代議員大会においても組合員の除名その他一定の事項については議決権の行使を許されない(従つて組合員の除名については年次大会もしくは臨時大会における組合員の直接投票によるのでない限り、組合規約第十条及び第五十八条の定める手続的要件が充足されない)ことになつている。

6  次に申請人は会社から支給される賃金を唯一の収入としていたものであるが、その支給を絶たれた今日では生活上異常な困窮に陥つている。

二  以上認定の事実に基いて考察すると、申請人が夜警勤務に関し組合の支部長及び書記長との間においてなした交渉は会社の労務係長の職責上当然の行為であつて、格別反組合的意図に出たものとは認められず、右交渉にあたり相手方を非難するに用いた言辞にしても反組合的な趣旨のものではなく、むしろ例を引いて組合が会社の要請を拒否する根拠の乏しい点を指摘したにすぎないものと解するのが相当であるから、申請人のその間における言動を以て組合規約第五十七条の規定する「誓約に違反したとき」に該当するものとはなし難く、その他申請人に組合の統制を紊す等、除名に値する非行があつたわけではない。しかるに組合は一部役員の一方的喧伝に乗ぜられ申請人に反組合的言動があつたものとして糺弾し、組合規約第十条及び第五十八条の規定が要求しているにも拘らず査問委員会を設けて調査する手続は勿論、年次大会もしくは臨時大会に付議してその決定を求める手続も践まないで申請人を除名したのである。従つて本件除名処分は労働組合の組織強制の必要に由来する制裁権の行使につき公正を欠き、その結果正当な範囲を著しく逸脱してなされたものというべきであつて、もとより違法たるを免れないから無効であるといわざるを得ない。

しかして会社の申請人に対する本件解雇の意思表示は組合との間に存するユニオン・ショップ約款の履行上申請人が組合から除名されたことを唯一の理由としてなされるものであるから、右除名が無効たる以上、その前提たる法律関係に錯誤があつたものというべく、しかも該錯誤はいわゆる要素の錯誤に該当すると解するのが相当である。従つて右解雇の意思表示は法律上効力を生じるに由がないものといわなければならない。

果してそうだとすれば申請人の会社との間には今なお雇傭契約に基く権利関係が存続すべき筋合のところ、申請人においてその確認を求める本案訴訟の判決確定までに回復し難い損害を蒙る虞があることは推認するに難くないから、これを避けるため適当な保全措置を講じる必要がある。

三  すなわち本件仮処分申請は被保全請求権及び保全の必要の存在につき疏明を得たものというべであるから、諸般の事情を斟酌のうえ申請人が会社に対し雇傭契約上の権利を有する仮の地位を形成することとし、申請人に保証を立てさせることなく主文のとおり決定する。

昭和三十六年十二月十四日

東京地方裁判所民事第十九部

裁判長裁判官 吉 田  豊

裁判官 駒田駿太郎

裁判官 北 川 弘 治

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